其処は枯れ木で出来たトンネルのような場所だった。

 真っ直ぐに伸びた直径5m程度の大雑把な円を断面に持つ木の根を内部から見れば、おそらくこのような景色が広がっているだろう。何十mかごとに枝分かれをしているようで、それはさながら自然の迷宮とでも呼びたくなる。

 ならば、その迷宮に付き物なのは何か。古今東西の物語を紐解いてみれば一目瞭然、それはもちろん最奥に秘められた宝、それを求める冒険者、そして番人たる――――

「化け物たちだ。役割が逆だけど」

 通路の曲がり角の陰に身を潜めて小柄な影が呟く。だがその声は轟音にかき消されて自身の耳にすら届かなかった。それもそのはず、ほんの鼻先には引っ切り無しに火線が飛び、周囲の壁材もろともに目標を襤褸雑巾にしようと過剰なまでの弾丸がばら撒かれている。

 もちろん目標は件の影だ。

 火線が体を一撫でしただけでその肉体は肉片に変わるだろうというのに、それはただ黙して動かない。

 まるで死神か蝙蝠の如く黒い襤褸布のマントを頭からすっぽりと被り、表情はおろか体格すらも分からない。唯一漏れ聞こえる声もくぐもっている上に妙に甲高く、男か女かすら区別がつかなかった。

 そんな黒い影が曲がり角の向こうへ注意を向けるが、視線をやるまでも無く轟音は続き、弾幕は一瞬たりと途絶えようとしていない。曲がり角も銃弾によって削られ、少しづつ影は通路の奥へと追い込まれていく。

(木で出来てるんだから当たり前といえば当たり前か)

 これ以上この場で踏み止まり続けて敵に接近されれば、もう身を隠せる場所は近くには無い。たとえ真っ直ぐ走って通路の奥にまで逃げたとしても、生憎と次の曲がり角は百m近く先だ。どれだけ懸命に走ろうが背中を狙い撃ちにされることになる。

「どのみち後退する訳にはいかない」

 それが影の役目だからだ。

 最前確認した敵の数は七体。銃撃音から推定される現在の攻撃主は四体。残りの三体は弾薬の補給に回っている。

(なら上手くタイミングを計れば、最低でも火力が四分の三になる瞬間があるはず)

 フードの上から耳を押さえながら、影はそれを待っている。

 もはや曲がり角は緩やかなカーブへと変わり果てている。内部を走っていた管を傷つけたのだろう、じくりじくりと食い荒らされた壁面から水が滴り始めた。

(これは好都合)

 黒い影がそう思考し、

 ガスン!ガズ!

 銃声の奏でる響きの中に、二つ異質な音が混じった。

 補給役がミスでもしたのか。弾切れになった攻撃主が二体発生し、一時的にとはいえ火力が半分になる。その期を逃さず黒いマントをはためかせて影は曲がり角から走り出る。

 二十mの距離を挟んだ眼前にあったのは、不意を突かれて動揺する七つのヒトガタ。だがそれらはただ人の形をしているというだけであり、ヒトとは似ても似つかない。

 人間と同じく四肢を備え頭部を持ち二足歩行をするフォルムを持っていながら、その表面には植物の葉や苔そのものに見える表面構造を生い茂らせ、ところどころ地肌をさらす腕や足の部分は古木の表皮にそっくりな質感を持っていた。

 それは、譬えるならば緑の巨人。

 あるいは木人か。三m程度の体躯に、それまで銃撃を行っていたのであろうガトリング砲を抱えて軽々と振り回している。その様子は化け物にしか見えない一方で、明らかな知性を感じさせるという違和感を有している。

前列に四体、後列に三体。この通路は一斉に移動するには彼らの体格では狭すぎた。

二倍近い巨躯を前にして全く怯まず、さらに距離を詰める影。巨人たちが自失していたのもほんの僅かな間だった。再び弾薬を装填し直して弾幕を張る。たった一人の、巨人から見れば子供と言っても良いような相手に対しては大袈裟過ぎるほどの暴力を以って。

 影が右手を突き出した。それまでマントの中に隠されていた右手には、異様なナイフが握られていた。妙に青黒くて有機的、ナイフと形容したがどちらかと言えば棒に近い。

それは見る者に、千切られたトカゲの指を想像させるような。

 木人達はそれに構わずガトリングの射撃を続け、寸秒の間も置かず弾幕が影へと殺到し――――そして、さらに異様な現象が起きる。

 突き出されたナイフの刃――トカゲの爪の先端を中心として、弾丸が存在しない球状の空間が出現した。弾丸が消滅したというわけではない、その空間に何か金属の球でもあるかのように弾丸が軌道を逸らされているのだ。その空間に阻まれ、弾丸は一つたりとも影の元へと届かない。

 その怪異が起きていたのはそう長いことではなかった。高々二、三秒の事だったが、それは影が木人達の懐へと飛び込むには十分な時間だった。

 不条理はさらに続く。

 焦燥に駆られガトリングを下ろす木人達――やはりその銃弾は自らをも傷付けるに足る威力なのか――のうち、一番先頭に立っていた者をすり抜けて影は木人の集団に飛び込む。

 その背後で木人の右足が爆ぜた。

「!?」

 表皮が爆ぜ割れ木部がささくれ、ぼろぼろになった右足は自重に耐え切れず圧し折れる。

 それが発した驚愕の悲鳴はその場にいた誰もがその脳裏で聞いただろう。無味乾燥な相貌にしか見えない頭部にも、木人達には表情の亀裂が入っていたように見えたのかも知れない。

 バランスを崩して倒れ掛かる巨体、それに構う暇も無く唐突に足元に現れた小動物を踏み潰そうと足踏みを繰り返す六対の脚をまたもすり抜けて、影は再び一本足になった木人に走り寄った。両腕を振り回して何とか立ち直ろうと努力する、その行為を嘲笑うかのように残った左足にナイフで斬り付ける。

 今度は左足が地面に縫い止められた。

 安定しない慣性をヤジロベエのようにして保っていた木人は、唐突に動かなくなった左足のせいで反動を殺しきれなくなる。バランスが崩れる。体が倒れる。曲がらぬ方へ曲げられた関節が壊れる。地響きを立てて木人が地に沈む――。

 子供が巨人に勝ったのだ。

 そうして結局は、粉塵を巻き上げて倒れ伏す木人の姿だけがそこに残った。

 先ほどの銃撃で崩れ落ちた壁面の瓦礫をクッション代わりに、ある種気持ち良さそうにぐったりと仰向けになって横たわっている。これで右足はずたぼろに皮膚が引き千切れて足首が砕け、左足は膝の関節が真横に圧し折れているのだから、もうほとんど死体にしか見えはしない。

 木人の死体を遮蔽物として踏み付けをかわしながら、黒い影は素早くその頭部へと手にしたナイフを躊躇無く突き刺した。再びの爆音。木製の脳味噌が文字通り木っ端微塵となる。

 木人達は死体同然の仲間に敢えて銃を向けるという決断が出来なかったために勝機を逃した。彼らの動きは影より鈍く、戦場は彼らには狭い。木人には子鼠よろしく足元で動き回る影を捉えることが出来ない。

 一体、また一体と足を折られ、頭蓋を砕かれて絶命していく木人達。踏み込めばすり抜けざまに、退けばその隙を突いて、一瞬のうちに理解不能の攻撃を加えて走り去り、決して一つ所に留まろうとしない。

 それは死と隣り合わせの鬼ごっこ。

 ならばこの影は真実子供なのだろう。完成された大人の肉体は全力疾走をここまで続けられるようにはならない。そしてまた、すぐ間近に迫る死を前にしてまで、無邪気に遊びを続けられる大人もいない。

「……!」

 影が四体目の木人を屠ったところで、生き残った者達に動揺が走った。

 戦力を失い過ぎたとでも判断したのか、単に間合いを取り直すつもりだったのか、三体が揃いも揃ってじり、と一歩後退する。それを見逃さず影がさらに間合いを詰めるべく疾走する。

 同時、生き残った木人達が一斉に動いた。

 二体が踵を返し、最後の一体が影に突っ込む。激突寸前で半歩身をかわした影は躊躇わずその脚を爆砕し、返す刀でやはりその頭を砕く。

 その時には既に、全力で後退していた木人二体は影の視界から消え去っていた。

「……」

 一瞬逡巡するものの、結局影は追撃を断念する。奴らの存在は危険ではあるが、あくまで影の目的は防衛である。下手を打って反撃を食らうよりは次の襲撃を万全の態勢で迎え撃つことを考える方が得策だろう。

(コンパスの関係上、今から追っても追いつけないし)

 思考を切り上げると、背後の残骸に振り向いた。

 合計五体の木人だったモノ。

 どれ一つとして五体満足なものは無い。しかし、影はどうやら最少の攻撃で戦闘不能に追い込むための戦法を取っていたらしく、五体揃って胴部も両腕も無事であった。

 先程からどれもピクリとも動かない。だが――――。

(植物細胞の特性を持っている以上、栄養生殖も脱分化も可能、だったな)

『植物』というものは動物と異なり器官分化が厳密に行われているわけではない。体内のホルモン分泌を調整すれば、同一の細胞から根を生じさせる事も茎を生じさせる事も出来るのは当たり前であり、種によっては葉の一枚、根の一本から一個体を再生させる事も出来るものすらある。

 つまりは、放置しておけばいつまた動き出すか分かったものではない。

(さっきの銃撃でその辺の道管も師管も破損しているし、植物が生育するには最適な環境の出来上がりか。生命力が強ければ再生できるよな)

 影はゆっくりと歩み……木人達の残骸から少し距離を取って、「それら」が全て視界に納まるような立ち位置に陣取った。右手に持っていたナイフを持ち上げ、顔の高さに刃を寝かせて構える。それまでナイフの刃先までに伸ばす事を留めていた神経を、さらに空間へと広げていくような――そんなイメージで精神を集中させる。

 若木が枝を伸ばすように確実に、稲妻が夜空を引き裂くように素早く。空間に支配力を及ばせていき……架空の神経の末端が残骸の一つに触れる。

(そこを基点として半径二m)

 頭の中で大雑把に範囲とする空間を把握。先程伸ばした神経から一部を枝分かれさせ、さらに次の残骸に触れさせる。さらに次。さらに次。最後。

(全ての基点から半径二mの球状空間内)

 認識を終える。

 影は右手のナイフを横薙ぎにしながら、五体の残骸に繋いでいた神経の全てに、

(力場展開)

 存在しないトリガーを引け、と指令を下す。

 

 

 五つの地点にあった木人だったモノは、木っ端微塵に爆発し、跡形も無く吹き飛んだ。

 

 

 影の元には爆風の余韻の冷えた空気が届いたのみだった。ちょっとした巨木を全て木屑にした程の体積の粉塵に吹き付けられ、少し咳き込む。

 後に残るのは、先程の爆心地に既に水を湛えようとしている半球状のクレーターが五つと、辺り一面にばら撒かれた弾丸、薬莢、取り残されたガトリングが二挺、弾帯がいくつか。

そして、雪の如く舞う……

「……赤?」

 痛みを覚える鼻を押さえて影が見て取ったのは、そんな色の木屑だった。

 

 

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