「うー……こうしてみると存外に手強いね、ケダモノってさ?」

 執政院から与えられた建物の一室で篭手の手入れをしながら小太郎は愚痴をこぼした。

 彼が本来振るうことの出来る力の十分の一にも満たない出力しか持たないデバイスではあるが、逆にそれゆえ万全の状態を保っておかなくては戦場で背後から死神に肩を叩かれることになる。

 ほんの一区画を探索しただけだというのに戦闘不能者を二人も出すことになるとは、急造のチームだということだということと装備品が使い慣れないナマクラであることを差し引いても彼らの実績からすると情けない体たらくでしかない。

「今までデカくてノロいのばっかり相手にしてきたわけだからな。そういう風に感じるのも無理は無いだろ……って、いつかみたいにいきなり死に掛けた俺の台詞じゃないけどさ」

「全く以って。モグラ風情があれ程豪壮な一撃を繰り出してくるとは思わなんだ」

(さらに言えば自分によく似た顔といい年をした親父が言い訳を重ねているのを見るのは精神的に苦痛だとも思う)

 うんうんと苦労して作り上げた地図が置かれた机を囲んで賢しげに頷く二人の前衛の背後、ルヴィの湿った視線が突き刺さった。

「ビリーはエントを降りての戦闘経験がほとんど無いからそういうことになるんです。だからあれほど生身での訓練をサボるなと口を酸っぱくして言ったのに貴方は」

「ああ、思えば半年前のあの時に俊悟が病院送りになっていなければこんなことにはなっていなかったわけだな。面倒なことだ」

「私としてはおかげで命拾いしたのでその意見には反論したいです……」

自らの説教の後を引き取るように滑り込む極寒の呟きにルヴィの背筋が冷える。その横でハピが小太郎の膝に抱きついた。

「♪〜、♪♪?」

「悪いねハピ、ちょっと君は留守番になっちゃうことが多いかも。そもそもあんまり危険なところには出したくないんだけどな」

「人手が足りないのだから仕方ないだろう。この期に及んでヒューマノイドタイプの能力を使わずに済ませられると思っているのか」

「まあな、ルクとか大駒を封印しようっつーことになったわけだしハピ坊まで居なくなられるのはちっときついな」

 雑談交じりの会話が行き交うのを聞き、場が紛糾しかかっているのを悟ったルヴィは机の上の地図を平手で叩く。大音声の返答に沈黙を受け取り、視線と精神の集中を確認するとおもむろにルヴィは口を開いた。

「そろそろよろしいですか。……改めて確認します。我々『新生スィケイダー』は世界樹中枢に存在するであろう『エンブリオユニット』の回収と、それを用いてのエント停止用デバイスの作成を最終目的として探索を開始します」

 その言葉に頷きを返し、小太郎が補足を付け加える。

「ただし、その際はあくまでもこっちの文明レベルに合わせた技術を極力用いること。これ以上技術流出が起きて戦争の火種になったら収拾が付かなくなるからね」

「つまり首尾よくユニットを発見できても加工はこちらでせねばならんか。……むう、完成するのは何十年先になることであろうな」

「そもそも貴様らがゲートを破壊しなければこんな未確認領域から潜らなくても済んだのだぞ。その程度の苦労で不満を洩らすな」

「だーかーらー、藍も一々噛み付くなっての。いい加減痛み分けで手打ちにしとけよ、それを言ったら俺が一番とばっちり食ってんだぞ?」

「あははははー。じゃあ藍さん、情報処理と肉体修復は任せたねー」

『お前がそもそも全ての元凶なんだッ!!』

 小太郎のおどけに声を揃えて怒鳴る俊悟と藍の言葉が、ルヴィの心を深く抉った。

「……いえ、それを言うなら私が元凶なんです。これは私の弱さと我侭から招かれた事態です。

――――それを知っていても、それでも私は」

「♪! ♪♪♪、♪♪!」

 滲むルヴィの視界を引き寄せたのは、澄んだ鈴の音色にも似た、巻き毛の少女の叫び声。

「分かってるってば。そう、勇者は戦いの中から生まれいずる者。だからこれは僕たちに必要で、僕たちの望む道では当然のことなんだよ、俊兄ぃ」

「しゃーねーな。惚れた弱みだ、付き合ってやるさ」

「面目次第も無い。……だが、矢張り貴殿らの力を借りるより他に、我々には最早打つ手が存在せんのだ」

「ふん。まあいいだろう、独自進化を遂げた駒のサンプルとあっては興味が無いわけも無い。

 そのついでで良いと言うならば――――」

 ハピが無垢な瞳で快活な笑いを見せる。小太郎が悪戯げな微笑みを頬に貼り付ける。俊悟が照れたような苦笑を覗かせ、ビリーが力無い笑みをこぼし、藍が慈母のような相貌に獣の笑みを浮かべる。

 バラバラでありながら一様な表情を以って、彼らは応えを待っていた。

それを見たルヴィの反応は一つ。泣き笑いという答えとともに振り上げられた彼女のその腕に、五人の声が唱和した。

 

 

『世界を救いに行くとしようか』

 

 

 

 

 極東に落ちた、地球外生命の手による惑星環境改変機能および歪曲空間孔形成器官保有植物構造体「世界樹」における異文明間の第一次接触から数ヶ月の時間が経過した。

 かの事件を経て彼らが選択した道は、地球上に散逸した駒の根絶、もしくは対抗手段の発明という英雄的行為であり、誰に強制されたわけでもなく先人の尻拭いを決めた彼らに賞賛を贈るものがいなかったことは遺憾であると言うほか無い。

 今彼らは北欧、かつてアイスランドはレイキャビクと呼ばれた地、現在はエトリアと名を改めた街の一角に出現した世界樹――現地の呼称に従って「ユグドラシル」と呼ぼう――の元にいる。この大樹からも様々な獣の形を持ったビーストタイプとでも呼ぶべき駒(そう、この地においては原住生物の形質を色濃く残した駒が自然発生している!)が地上へと現れたため、ギガンテスタイプ「エント」との戦闘に加え、ビーストタイプへの対策と世界樹の正体解明にも兵力を割く必要が生じた現地民は人員捻出に頭を抱えている。

地上付近の階層を探索した結果、ユグドラシルが極東の個体(識別名を「扶桑」とする)と極深層において歪曲空間を介して繋がった同一株の未到達領域であることは、迷宮内の構造と構成組織の遺伝情報から間違いないだろうことが判明した。

そして、扶桑において「駒」創造の母体となった(即ち駒への対生物兵器を考案する際に最も有用な基礎ゲノム情報が収められている)「エンブリオユニット」を封印した階層へ続くゲートが先の事件で失われた以上、先の情報を元に全く別の道――文字通り、徒歩での行軍――を用いて惑星内部まで食い込んだ歪曲空間の最深部へと歩を進めることを彼らは決意した。

 だが、ユグドラシルを中心としたエトリアのコミュニティが形成されたのはここ数年以内であるらしく、駒の詳しい生態情報はおろかどのような種族が存在するかという生息状況すらも不明な有様であり、世界樹端末の有効利用技術の確立は扶桑から百年は遅れを取っていると見ても良い。

唯一整備されているのは有志によるユグドラシルの探索における役割分担システム、剣闘士、守護騎士、外法戦士、偵察兵、錬金術師、衛生兵、歌術師などの教導と探索者のギルド単位での管理、住居の確保や怪我の治療などの基盤のみ。

つまり彼らが目的を果たすために必要な役割は、ただ深層から宝を持ち帰ることのみならず、後続の探索者たちに道をつけ、エトリアに、欧州に、そして可能ならば世界に世界樹利用技術の発展を促すことである。

故に、彼らはエトリアの流儀に従ってユグドラシルを探索するための肩書きをここに得た。

歌術師、ハピネス。

守護騎士、ビリオン・ブレイズ。

偵察兵、グルヴェイグ・インバース。

衛生兵、大河藍。

錬金術師、私こと辰野小太郎。

そして剣闘士、辰野俊悟。

彼らがギルド「スィケイダー」のメンバー。大木を利用して強かに生き抜き、地下に潜って羽ばたくための知恵を与える手本となるべき「蝉」である。

 私は確信している。彼らの行いが近い将来歴史に刻まれるものになるだろうことを。

 ならばその一切を記録し後世に伝えることこそがこの場に居合わせることを決めた者の義務であると考える。

 この記録はその性格上公表されるのは当分先になるだろうが、世界が扶桑から持ち出された技術を理解することが可能になった暁には必ず必要になるものである。その日が来ることを信じて私は――

 

 

 

 

「……よくそんなカッコつけた文章がスラスラ書けるよな」

「こんなの軽い方だよ。多少装飾過剰な方が良くも悪くも目立つのさ。

 それにある程度背景を説明しておかないとお客さんが興味を持ってくれないからね」

 夜。肩の後ろから投げかけられた兄の声に当然のように返して「この旅の終わりまでを書き留めることとする」と文章を締めくくる。一日の終わり、蝋燭の明かりを頼りに寝室で日記を書くというのもこれはこれで趣があるものだと小太郎は思う。

「おーお、趣味に関してだけは博識で熱心だよなホント」

「他人事みたいに言ってる場合じゃないよ。この物語の主役は君だ、俊兄ぃ。少しは自覚を持って救世の英雄らしく振舞ってくれると僕も記録を付けやすいんだけど?」

 ペンを置いて振り向けば、痛みをこらえるような表情をした男の顔が一瞬だけ小太郎の目に入った。

「……いーや、それを言うなら主役は俺じゃなくてルヴィの方だろ。『まだ折れたことが無い奴』は勢いがある。『演出家』の思惑なんぞに囚われないくらいにな。

 小太郎。何かを成し遂げられる様を見たいなら、俺じゃなくてあいつを見ていろよ」

 終わったらさっさと寝ろ、と言い残して俊悟は部屋の出口へ向かう。

 見せ付けられた背中にかつて見た、切ないほどの眩しさは――――

「分かってないなぁ」

 ドアをくぐるその前に、今度は小太郎が肩越しに言葉を放つ。足を止めずに去っていく兄に、それでも彼は語り続ける。

「僕が見たいのは『決定的な挫折を経験した者がそれでも立ち上がることを決める場面』だよ。

 何度でも言うよ。主役は君だ、俊兄ぃ。たとえ主人公でなくてもね。語り部になる僕がそう決めた」

 閉じられたドアの向こう側。最早聞く者の居なくなった場所に向けて、少年は祈りのような誓いを紡ぐ。

「君が立ち上がるまで、僕の語る物語は終わらない」

 

 

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